尖がりエンタメ批評〘ゲーム/アニメ/シネマ〙

好奇心で紡ぐエンタメ体験記

『セブン』(1995)――90年代サスペンスの美学を再定義した作品

『セブン』(Se7en, 1995)は、デヴィッド・フィンチャー監督による“七つの大罪”をモチーフにした連続猟奇殺人事件を描くアメリカのサスペンス映画。 主要キャストはブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロウ、ケヴィン・スペイシー。 公開は1995年9月22日(米国)、日本公開は1996年1月27日。

 

🎬 基本情報(作品データ)

作品概要

  • 原題:Se7en

  • 邦題:セブン

  • 公開:1995年9月22日(米国)/1996年1月27日(日本)

  • 上映時間:126分(資料により127分表記あり)

  • 製作国:アメリカ合衆国

  • ジャンル:サスペンス/スリラー/犯罪ドラマ

スタッフ

  • 監督:デヴィッド・フィンチャー

  • 脚本:アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー

  • 製作:アーノルド・コペルソン、フィリス・カーライル

  • 製作総指揮:ジャンニ・ヌナリ、ダン・コルスラッド、アン・コペルソン

  • 撮影:ダリウス・コンジ

  • 編集:リチャード・フランシス=ブルース

  • 音楽:ハワード・ショア

主なキャスト

  • ブラッド・ピット デヴィッド・ミルズ刑事

  • モーガン・フリーマン ウィリアム・サマセット刑事

  • グウィネス・パルトロウ トレイシー・ミルズ

  • ケヴィン・スペイシー ジョン・ドウ(連続殺人犯)

製作・興行

  • 製作費:約3,300万ドル

  • 興行収入:約3億2,700万ドル(世界)

 

🏙️ 辛口短評

雨が降り続く荒んだ大都会。 退職間近のベテラン刑事サマセットと、新任のミルズは、“七つの大罪”になぞらえた猟奇殺人事件を追うことになる。 犯人は暴食・強欲・怠惰・肉欲・高慢…と罪に該当する人物を次々と殺害し、残された手がかりは不気味なメッセージのみ。 捜査が進むにつれ、事件は二人の精神を追い詰め、やがて衝撃的な結末へと向かう。

【 物語の核心に踏み込むため、ネタバレが含まれます】

© 1995 New Line Productions, Inc. All rights reserved.

冒頭の静かな朝のルーティンで、サマセットの几帳面さと疲弊が描かれる。彼はこの街を「救いようがない」と感じていて、退職届を出している。
この時点で、映画はすでに「希望のない世界」を前提としていて、 サマセットは世界の終わりを静かに見届ける観察者のような位置づけにいる。この“諦めた男”が、後に事件の意味を最も深く理解してしまう皮肉が、序盤から仕込まれている。

雨の中で現場に向かうミルズは、 「この街で戦うために自ら志願してきた」と語る。サマセットの冷静さと対照的に、ミルズは感情で動き、「悪に対して怒ること」を正義だと信じている。
この対比が、後のラストシーンで“誰が勝ち、誰が負けたのか”という問いを複雑にする。 ミルズは正義感ゆえにこの街に来たが、その正義感こそがジョン・ドウに利用されることになる。

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第一の事件では、太った男の死体が、暴食の犠牲者となる。
彼は椅子に縛られ、ひたすら食べさせられ、胃が破裂して死亡。現場は汚く、暗く、生活感があり、 「異常な事件」というよりも、この街の日常が少しだけ狂っただけのように見える。
サマセットはこの時点で、ただの猟奇事件ではなく「意図された連続性」を感じ取り、 図書館で宗教書やダンテ『神曲』などを読み始める。 この「調べる」という行為自体が、後に犯人の“観客”としての役割を強めてしまう。
その後、
第二~第五の事件が起きてしまう。

ミルズは、犯人の“理屈っぽさ”に苛立ち、 「こんなやつ、ただのイカれた野郎だ」と切り捨てようとする。しかし、事件は明らかに構造化されていて、 ミルズの「感情的な否認」が、逆に犯人の“優位性”を強調してしまう。

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ミルズの妻、トレイシーはサマセットに、 「妊娠しているが、この街で子どもを育てる自信がない」と打ち明ける。サマセットは、自分もかつて同じような状況で、 子どもを持たない選択をした過去を語る。
このシーンは、映画全体の中でも最も静かで、最も残酷な場面の一つ。
サマセットは、世界の絶望を知りすぎたがゆえに、 「生まれてくる命を守るために、存在そのものを拒否した」男。
一方、トレイシーは、まだ迷っている段階で、 「この世界に希望があるのか」をサマセットに問う。
そしてラストで、この問いは最悪の形で回収される。

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事件が進む中、突然ジョン・ドウが自ら警察署に現れ、「やあ刑事!」と叫ぶ。
この瞬間、映画の主導権は完全に犯人側に移る。
それまで警察が「追っていた」はずの事件が、 実は最初から犯人の「演出した舞台」であったことが明らかになる。
ここが非常に重要なところで、物語構造としては、通常「犯人逮捕=クライマックス」だが、『セブン』では「犯人逮捕=まだ作品の途中」であり、 彼はラストシーンを警察に“演じさせる”ために自首しているのだ。

ジョン・ドウは非常に重要な証拠を見せると言い、彼の指示で車を走らせる。
車中の、ミルズ vs ジョン・ドウの会話は、正義と悪の定義をめぐる言葉の戦いとなる。
この車中の会話は、「悪が自分を正当化するとき、どれほど説得力を持ちうるか」、「正義側が感情論しか持たないとき、どれほど脆く見えるか」 を露骨に描いていると思った。

© 1995 New Line Productions, Inc. All rights reserved.
 都市の暗さから一転して、ラストは開けた荒野の送電線下で展開される。
そこに車で配達人が到着し、荷物が届けられる。
サマセットがそれを開ける。中身は映されないが、サマセットの言動と動揺から、 トレイシーの生首が入っていることが観客に伝わる。
ここでの演出は非常に重要で、直接的なグロ描写を避けることで、 観客の想像力に“最悪”を委ねている。同時に、トレイシーが「この街で子どもを育てるか迷っていた」ことが、 一気に残酷な形で回収される。
ジョン・ドウは、トレイシーを「嫉妬(Envy)」の対象として殺し、ミルズに「怒り(Wrath)」を演じさせることで、 七つの大罪を完成させようとしている。

ミルズは、サマセットの制止を振り切り、 ジョン・ドウに銃を向ける。ジョン・ドウは、 「君の妻は素晴らしい人だった。君にはふさわしくなかった」 と言い、ミルズの怒りを煽る。
ミルズは、正義感ゆえにこの街に来た男だったが、 最後には個人的な復讐心に支配されてしまう。
彼が引き金を引いた瞬間、 「怒り(Wrath)」の罪が完成し、 ジョン・ドウの“作品”は完結する。

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ミルズは、犯人を撃つことで「正義」を行ったように見えるが、実際には犯人のシナリオ通りに動かされた“役者”に過ぎない。 ここに、映画の最も残酷な構造がある。
ミルズは、怒りに飲み込まれ、人生を破壊され、 事実上「この世界から退場させられる」。
ジョン・ドウは死んだが、彼が暴いた「世界の罪深さ」は何一つ解決されていない。
ただ、サマセットの中に、「それでもなお“戦う価値”を認める側にいたい」という微かな意志が残ったように感じられた。

★★★★☆

『拳銃王(The Gunfighter, 1950)』――“心理西部劇(Psychological Western)”の代表作

🎬 基本情報(作品データ)

  • 原題The Gunfighter

  • 邦題:拳銃王

  • 公開年:1950年(米国)

    • 日本公開:1951年11月13日

  • 監督:ヘンリー・キング(Henry King)

  • 脚本:ウィリアム・バワーズ(William Bowers)、ウィリアム・セラーズ(William Sellers)

    • ※ナナリー・ジョンソンによる 無署名のリライトあり

  • 原作:ウィリアム・バワーズ、アンドレ・ド・トス

  • 製作:ナナリー・ジョンソン(Nunnally Johnson)

  • 撮影:アーサー・C・ミラー(Arthur C. Miller)

  • 編集:バーバラ・マクリーン(Barbara McLean)

  • 音楽:アルフレッド・ニューマン(Alfred Newman)

  • 製作会社:20世紀フォックス(Twentieth Century-Fox)

  • 上映時間:85分

  • カラー:モノクロ

  • 興行収入:195万ドル(U.S. rentals)

  • 受賞歴:第23回アカデミー賞「原案賞」ノミネート(Bowers & de Toth)

 

👥 主要キャスト

  • グレゴリー・ペック … ジミー・リンゴ(Jimmy Ringo)

  • ヘレン・ウェスコット … ペギー・ウォルシュ(Peggy Walsh)

  • ミラード・ミッチェル … 保安官マーク・ストレット(Mark Strett)

  • ジーン・パーカー … モリー(Molly)

  • カール・マルデン … マック(Mac)

  • スキップ・ホメイヤー … ハント・ブロムリー(Hunt Bromley)

 

🧭 辛口短評

“西部一の早撃ち”として名を馳せた ジミー・リンゴは、 その名声ゆえに若いガンマンから挑まれ続ける人生に疲れ果てている。
ある酒場で挑発してきた若者をやむなく撃ち倒したことで、 その兄弟に追われながら、別れた妻ペギーと息子に会うため カイエンの町へ向かう。
しかし町にリンゴが来たという噂は瞬く間に広まり、 彼を倒して名を上げようとする者が現れ、 リンゴは「過去の自分の影」と戦わざるを得なくなる。 


【物語の核心に踏み込むため、ネタバレが含まれます】

この映画の冒頭、酒場の「早撃ち勝負」が、すでに悲劇の予告になっている
田舎町に現れるジミー・リンゴは、名を隠すでもなく、ふつうに酒場に入ってくる。しかし、店の空気はすぐに変わる。「あれが“拳銃王”リンゴだ」と噂が広がり、若いガンマンが浮き足立つ。
ここで重要なのは、リンゴ自身は「争いを望んでいない」のに、 “伝説”が勝手に場を熱くし、暴力を呼び寄せてしまう構造が描かれていること。
若造がリンゴを侮辱し、決闘を挑む。リンゴは何度も「やめておけ」と忠告する。それでも若者は引かない。結果、リンゴはやむなく銃を抜き、一瞬で撃ち倒してしまう。
この場面は、リンゴの「腕前のすごさ」を見せるためのアクションシーンでありながら、 同時に、名声がもたらす呪いを端的に示している。
ここで観客は、「リンゴが悪いのか?」「挑んだ若者が悪いのか?」と考えさせられる。 映画は、どちらか一方を完全に悪者にしない。 その曖昧さが、この作品の心理劇としての深みにつながっている。

若者を撃ったことで、リンゴはその兄弟たちに追われる身になる。彼らは「復讐」という名目でリンゴを追い続けるが、 それは同時に「自分たちの名誉回復」でもあり、やはり“伝説”の呪いの延長線上にある。
ここで映画は、単なる「ガンマン vs 復讐者」という図式を超えて、 暴力が連鎖する仕組みを描いている。

一方、カイエンの町へ向かうリンゴの目的は、一度失った“家族”だった。
彼は、別れた妻ペギーと息子に会い、「過去と決着をつける」こと。ここで映画は、ガンマンの人生を「家庭」という視点から描き直す。
この時点で、観客はリンゴを「単なる殺し屋」ではなく、 過去の選択を悔いている中年男として見るようになる。

カイエンの町に着いたリンゴは、保安官マーク・ストレットと再会する。マークは昔リンゴと同じようにガンマンだったが、今は銃を置き、町の保安官として生きている。
この対比が非常に重要だ。マークはリンゴに対して、 「お前も銃を捨てて、ここで静かに暮らせればよかったのに」というニュアンスを漂わせる。 しかしリンゴは、すでにあまりにも多くの血を流してきたため、 “普通の生活”に戻る道が困難なものになっている。

ペギーは、リンゴが町に来たことを知っても、すぐには会おうとしない。彼女は、リンゴの暴力的な過去を知っており、 「息子をそんな父親に近づけていいのか」と悩む。
ここで映画は、 「家族の視点から見たガンマン」という珍しい角度を提示する。
西部劇では、ガンマンはしばしば“孤独な英雄”として描かれる。しかしペギーにとっては、リンゴは「家庭を壊した男」であり、 その名声はむしろ「不幸の原因」でしかないのだ。

最終的に、ペギーはリンゴに会うことを許し、 息子とも短い時間だけ会わせる。
この場面は、銃撃戦とはまったく違う意味で、 もっとも痛切な“決闘”の場面と言っていい。
ここで観客は、 「本当に大事なのは、銃の速さではなく、誰かに何を残せるかではないか?」 と自然に考えさせられる。

結末では、リンゴはブロムリーに背後から撃たれる形で倒れる。
ここがこの映画の最大の皮肉。保安官マークはブロムリーに対し、 「お前はこれから一生、若いガンマンに狙われ続けるだろう」と告げる。つまり、ブロムリーはリンゴと同じ呪いを背負うことになる。
この一言が、映画全体を締めくくる強烈な批評になっている。暴力による名声は、 一時的な栄光と引き換えに、一生消えない恐怖と孤独をもたらすのだ。
「拳銃王」というタイトルは、 実は“王冠”ではなく、“呪いの首輪”だったのだと分かる。

★★★★☆

『エクスペンダブルズ2』

監督はサイモン・ウェスト、脚本はシルヴェスター・スタローン&リチャード・ウェンク。 2012年公開のアンサンブル・キャスト型アクション映画で、製作費1億ドル・興行収入約3.15億ドルのヒット作。

 

🎬 基本情報(作品データ)

  • 原題:The Expendables 2

  • 邦題:エクスペンダブルズ2

  • 公開

    • 2012年8月17日(米国)

    • 日本公開:2012年10月20日

  • 上映時間:103分

  • 製作国:アメリカ合衆国

  • 言語:英語

  • 製作費:$100,000,000

  • 興行収入:$315,000,000(世界)

 

🎥 スタッフ

  • 監督:サイモン・ウェスト

  • 脚本:シルヴェスター・スタローン、リチャード・ウェンク

  • 原案:ケン・カウフマン、デヴィッド・アゴスト、リチャード・ウェンク

  • キャラクター創造:デヴィッド・キャラハム

  • 音楽:ブライアン・タイラー

  • 撮影:シェリー・ジョンソン

  • 編集:トッド・E・ミラー

 

⭐ 主なキャスト

シリーズの魅力である“レジェンド級アクションスター総出演”が本作でピークに。

  • シルヴェスター・スタローン:バーニー・ロス

  • ジェイソン・ステイサム:リー・クリスマス

  • ジェット・リー:イン・ヤン

  • ドルフ・ラングレン:ガンナー・ヤンセン

  • チャック・ノリス:ブッカー

  • ランディ・クートゥア:トール・ロード

  • テリー・クルーズ:ヘイル・シーザー

  • リアム・ヘムズワース:ビリー・ザ・キッド

  • ジャン=クロード・ヴァン・ダム:ジャン・ヴィラン(敵役)

  • ブルース・ウィリス:チャーチ

  • アーノルド・シュワルツェネッガー:トレンチ

The Expendables 2 (2012)

📘 辛口短評

映画は、ネパールで中国人富豪を救出する作戦から始まる。 ここでの銃撃戦・車両突入・大砲・ヘリ撃墜までの流れは、リアリティよりも「エクスペンダブルズらしさ」を一気に提示するための見せ場。
キャラの“記号化”が徹底していて、ステイサムはナイフ、ジェット・リーは近接格闘、クルーズは重火器、ラングレンは不安定な"狂気"担当――と、各キャラの役割が一瞬で分かるように配置されている。これはドラマ性を削る一方で、「誰が何をする人か」を観客に即座に理解させる、ゲーム的な設計ともいえる。

救出後、舞台はアメリカに戻り、若手スナイパーのビリー(リアム・ヘムズワース)が、恋人ソフィアと静かな生活を送りたいと語る場面が入る。
「もうすぐ辞めて、恋人とフランスで暮らしたい」というビリーの夢は、あまりにも分かりやすい“死亡フラグ”として提示される。

CIAのチャーチからの依頼で、バーニーたちはアルバニアの山中に墜落した飛行機の金庫から“ある物”を回収する任務に向かう。 技術担当としてマギーが同行し、無事に金庫を開けて中身(後にプルトニウムの位置情報と判明)を手に入れるが、帰り道で事態は一変する。

© 2012 Lions Gate Films Inc. and Millennium Films. All Rights Reserved.

ジャン=クロード・ヴァン・ダム演じるヴィランが率いる武装集団「サング」が待ち伏せし、ビリーを人質に取る場面は、本作の感情的な転換点。
ヴァン・ダムは、冷笑的で芝居がかった悪役を全力で演じており、セリフや立ち姿に“80年代アクションの亡霊”のような味がある。
取引に応じて武器を捨て、データを渡したにもかかわらず、ヴィランはビリーの胸に回し蹴りでナイフを突き立てて殺害する。この“約束を破る残酷さ”は、観客に強い怒りを喚起する一方で、「なぜここまで残酷である必要があるのか」というキャラクターの内面までは描かれない。
ビリー自身のドラマが薄いため、「若者の未来が理不尽に奪われた」という痛みよりも、「敵がひどいことをしたから復讐する」という単純な動機付けに収束してしまう。

マギーの説明により、奪われたデータの中身が旧ソ連のプルトニウム鉱山の位置情報だと判明し、ヴィランがそれを売り捌こうとしていること判明。 バーニーたちは追跡の過程で、村人がサングに強制労働させられている村に辿り着くが…

 

クライマックスでは、重火器・爆破・近接戦闘がほぼノンストップで連続する“シリーズの真骨頂”が展開される。各キャラに見せ場が均等に割り振られ、観客は「誰が何をするか」を楽しめる一方で、敵側に戦略性や脅威の積み上げが少ないため、戦闘が“消化試合”に見えてしまっている。
また、プルトニウムという危険物が絡んでいるにもかかわらず、「もし失敗したら世界がどうなるか」という具体的な危機のイメージが弱いため、スケール感がアクションの派手さに比べて小さく感じられるのが残念。

つまり、エクスペンダブルズ2』は、ドラマやテーマで勝負する映画ではなく、「記号化されたアクションスターたちが、記号化された悪党を派手に倒す快楽」を徹底的に磨いた作品と言えると思う。

★★★☆☆

『パピヨン』(1973)――無実の罪で流刑となった男の数度にわたる脱獄劇

 

1973年公開のアメリカ=フランス合作の伝記犯罪映画で、アンリ・シャリエールの自伝的小説を原作とする“脱獄譚の古典”。主演は スティーブ・マックイーン(パピヨン)と ダスティン・ホフマン(ルイ・ドガ)。監督は『猿の惑星』『パットン大戦車軍団』の フランクリン・J・シャフナー

 

◆作品データ

  • 原題Papillon

  • 公開:1973年12月16日(米国)、1974年3月16日(日本)

  • 上映時間:150分

  • 製作国:アメリカ合衆国/フランス

  • 言語:英語

  • 製作費:約1,350万ドル

  • 興行収入:約5,326万ドル

 

◆スタッフ

  • 監督:フランクリン・J・シャフナー

  • 脚本:ダルトン・トランボ、ロレンツォ・センプル・Jr.

  • 原作:アンリ・シャリエール(自伝『パピヨン』)

  • 製作:ロベール・ドルフマン、フランクリン・J・シャフナー

  • 撮影:フレッド・J・コーネカンプ

  • 音楽:ジェリー・ゴールドスミス(アカデミー賞作曲賞ノミネート)

 

◆キャスト

  • パピヨン(アンリ・シャリエール):スティーブ・マックイーン

  • ルイ・ドガ:ダスティン・ホフマン

  • マチュレット:ロバート・デマン

  • クルジオ:ウッドロー・パーフリー

  • トゥーサン:アンソニー・ザーブ

  • ジュロ:ドン・ゴードン

 
Papillon (1973) 

◆ 辛口短評

【物語の核心に踏み込むため、ネタバレが含まれます】

映画は、パピヨン(スティーブ・マックイーン)が“濡れ衣で終身刑”を宣告され、ギアナへ向かう移送船の場面から始まる。 ここで彼は偽造職人ドガ(ダスティン・ホフマン)と出会う。
パピヨンは「俺は脱獄する。お前の金が必要だ」と静かに告げる。この瞬間、二人の関係は“利害の一致”から始まるが、後に友情へ変わる伏線になっている。
船上の空気は湿り気を帯び、囚人たちの汗と恐怖が混じる。シャフナー監督はここで、人間が“国家の暴力”に飲み込まれる瞬間を描く。

ギアナの収容所に到着すると、囚人たちは苛烈な労働と監視に晒される。
ほどなく、パピヨンはドガを守るため看守に逆らい、独房へ送られる。独房は光がほとんど入らず、食事も減らされ、精神を破壊するための空間。

© 1973 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

ところが、パピヨンには2度目の独房が待っていた。前回よりも長い独房生活を強いられ、食事はさらに減らされる。
ここが映画の最も重いパート。
独房でのパピヨンは、ドガが密かに送ってくれる食料に支えられる。 この“見返りを求めない助け”が、二人の関係を友情へと変えていく。
ところが、そのドガの差し入れも看守に発覚し、パピヨンとドガは窮地に追い込まれる。
環境・食事が最悪となり、パピヨンがゴキブリを食べるシーンは衝撃的。生きるために“人間としての尊厳”を捨てざるを得ない。マックイーンの演技は、観客に「生きるとは何か」を突きつける。
ここでマックイーンは、身体の痩せ方、目の焦点の失われ方で“人間が壊れていく過程”を演じている。

2年の独房生活のあと、パピヨンは仲間と共に脱獄を試みる。 ここで映画は一気に“冒険譚”の顔を見せる。
ジャングルを走り抜けるシーン では、湿った葉の匂い、土の重さ、息が詰まるような熱気が感じられる。カメラはパピヨンの背中を追い、観客を“逃走の当事者”にしている。

村の女性がパピヨンに優しく触れる場面は、暴力と孤独に晒され続けた男が一瞬だけ“人間として扱われる”瞬間。  この静けさが、後の地獄との対比として強烈に効いてくる。
しかし逃亡は失敗し、パピヨンは再び捕らえられる。

© 1973 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

最終地である悪魔島は、海に囲まれた絶海の孤島。 ここでパピヨンとドガは再会するが、ドガは老い、体も弱っている。
二人は、海を見ながら語る。ドガは「もう逃げる力はない」と告げる。パピヨンは「俺はまだ諦めない」と言うが、その声には孤独が滲む。
パピヨンは波の周期を読み、ココナッツの筏で海へ出るという無謀な計画を思いつく。 ここで映画は、パピヨンの“狂気と希望の境界線”を描き切っている。

崖から海へ飛び込む瞬間 は、映画の象徴的なラストシーンといえる。
パピヨンは筏を抱え、荒れ狂う波へ身を投げる。カメラは彼の身体を小さく捉え、観客に“人間の自由への渇望”を突きつける。
ドガは崖の上から見送る。 彼の表情は、羨望、悲しみ、そして友情が混じった複雑なもの。
映画は、パピヨンが生き延びたことを示すテロップで終わる。 しかし観客の胸に残るのは、「自由とは何か」「人間は何を代償にして生きるのか」という問いだ。
 

© 1973 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

まとめると、『パピヨン』の魅力は、単なる脱獄劇ではなく、「人間が極限状況で何を失い、何を守ろうとするか」を、二人の男の関係性を軸に描き切っている点にある。 

脱獄という行為を“自由への渇望の象徴”として描きながら、 その裏にある 人間の尊厳・友情・精神の限界 を、具体的な体験として観客に突きつける。
マックイーンの身体を削る演技と、ホフマンの弱さと知性の演技、そしてシャフナー監督の“観客を現場に連れていく”撮影。
そこに、ジェリー・ゴールドスミスの哀しみを帯びた音楽がぴったりはまっている。
これらが重なり、70年代映画の中でも屈指の“体験型ドラマ”になっている。

 ★★★★★

『PARKER/パーカー』(2013)

 

基本情報

本作は、ジェイソン・ステイサム演じる“プロの強盗パーカー”が、仲間の裏切りに遭いながらも独自の倫理観に基づいて復讐を遂行する 犯罪アクション映画。原作はドナルド・E・ウェストレイク(リチャード・スターク名義)の小説『Flashfire(悪党パーカー/地獄の分け前)』で、監督はテイラー・ハックフォード。

 

🎬 作品データ

  • 原題Parker

  • 公開:2013年1月25日(米国)/2013年2月9日(日本)

  • 上映時間:118分

  • 監督:テイラー・ハックフォード

  • 脚本:ジョン・J・マクラフリン

  • 原作:リチャード・スターク(ドナルド・E・ウェストレイク)『Flashfire』

  • 製作費:約3,100〜3,500万ドル

  • 興行収入:約4,620万ドル

  • ジャンル:犯罪アクション/クライムスリラー

 

👥 主なキャスト

  • パーカー:ジェイソン・ステイサム

  • レスリー・ロジャース:ジェニファー・ロペス

  • メランダー:マイケル・チクリス

  • ハーリー:ニック・ノルティ

  • クレア:エマ・ブース

 
 
 

Parker Movie Poster (#1 of 8) - IMP Awards

🎬辛口短評

オハイオ州の州祭り。人混みと屋台が並ぶ、いかにも「現金が動く場所」。パーカーは、初対面の4人組(メランダー、カールソン、ロス、ハードウィック)と強盗を計画。警備の動線や人の流れを計算し尽くした「スマートな強奪」を計画していた。ところが、作戦中にハードウィックが勝手に行動を変え、一般人に死者が出る。 パーカーは、 「無駄な殺しはしない」という自分のルールが踏みにじられたことに激怒する。

強奪後、メランダーたちは次の大仕事(宝石強奪)への参加をパーカーに持ちかける。パーカーは「今回のやり方(一般人の死)を見て、こいつらとは組めない」と判断し、参加を拒否。その直後、車中で仲間に銃撃され、道路わきに捨てられる。
パーカーは瀕死の状態で、農夫の夫婦に救われ、一命を取り留める。

© 2013 Incentive Film Productions, LLC. All Rights Reserved.

ハーリーの情報から、裏切り者たちがフロリダ・パームビーチで次の仕事を準備していると知る。

パーカーは、テキサスの石油王の御曹司「パーミット」に成りすまし、 高級住宅街の不動産物件を見に来た客として潜入。そこで案内役となるのが、不動産仲介業者のレスリー・ロジャース。金銭的に困窮し、母と同居 という「生活に疲れた一般人」として描かれる。
レスリーはパーカーの身分に違和感を覚え、やがて偽装を見破るが、 「彼に協力すれば自分も金を得られる」と考え、徐々に巻き込まれていく。

© 2013 Incentive Film Productions, LLC. All Rights Reserved.



パーカーの世界は暴力と犯罪に満ちているが、 レスリーはそこに巻き込まれる「普通の人」。 彼女の戸惑いや恐怖、そして金への欲望が、 観客に「もし自分がこの状況ならどうするか?」と考えさせる仕掛けになっている。
つまり、ジェニファー・ロペスの起用が、作品に“生活感”と“軽いユーモア”を与えているといえる。リアルな中年女性像を提示していて、これが、ステイサムの硬質な暴力世界との対比になっている。
ただし、レスリーの物語が“サブプロット止まり”で終わる点は惜しい。彼女の人生が大きく変わる瞬間(倫理的な選択や覚悟)まで踏み込めば、 もっとドラマとしての厚みが出たはず。 

シカゴ・マフィアのボス、ダンジンガーがパーカーの存在を危険視し、殺し屋を派遣。
パーカーが滞在するホテルの部屋に殺し屋が侵入し、 至近距離での肉弾戦・ナイフ・銃撃が入り混じる乱闘になる。
パーカーは重傷を負うが…

 

© 2013 Incentive Film Productions, LLC. All Rights Reserved.

まとめると、『PARKER/パーカー』は、原作の情報量を2時間に詰め込んだため、強奪計画のディテールや、レスリーの心理的変化、エピローグのドラマ が圧縮されてしまい、説明的になっている部分があるのが残念。
とはいえ、パーカーの「悪党の美学」が一貫して描かれているところと、ステイサムの肉体的なアクションが、痛みとリアリティを伴っている点は、良くできていると感じた。

 

『ラヂオの時間』(1997)

『ラヂオの時間』(1997)は、三谷幸喜が自身の舞台劇を映画化し、初めて監督を務めた日本のシチュエーション・コメディ映画。 

📝 基本情報

  • タイトル:ラヂオの時間(Welcome Back, Mr. McDonald)

  • 公開日1997年11月8日

  • 製作国:日本

  • 上映時間103分

  • ジャンル:コメディ/シチュエーションコメディ

  • 配給:東宝=フジテレビジョン

 

🎬 スタッフ

  • 監督・脚本・原作:三谷幸喜

  • 製作:村上光一、高井英幸

  • 製作総指揮:松下千秋、増田久雄

  • 撮影:高間賢治

  • 編集:阿部浩英

  • 音楽:服部隆之

 

👤 主なキャスト

  • 唐沢寿明(ディレクター・工藤学)

  • 鈴木京香(主婦作家・鈴木みやこ)

  • 西村雅彦(プロデューサー・牛島龍彦)

  • 戸田恵子(主演女優・千本のっこ)

  • 井上順、布施明、藤村俊二、細川俊之、渡辺謙、桃井かおり、宮本信子 ほか (豪華キャスト多数)

 

🏆 受賞

  • 第21回日本アカデミー賞(1998年)

    • 最優秀脚本賞(三谷幸喜)

    • 最優秀助演男優賞(西村雅彦)

    • 優秀作品賞、優秀監督賞ほか多数受賞

 

🎬辛口短評

物語は、深夜のラジオ局に、主婦作家・鈴木みやこ(鈴木京香)が自作のラジオドラマの生放送に臨むところから始まる。 ここでまず描かれるのは、作品への思い入れが強い“素人”と、仕事として処理する“プロ”の温度差。ディレクター工藤(唐沢寿明)は時間とスポンサーを優先。プロデューサー牛島(西村雅彦)は数字と局の都合が最優先。
この序盤の控室・スタジオの空気が、後の混乱の“種”になっていく。

© 1997 フジテレビジョン/東宝

最初の大きなねじれは、主演女優・千本のっこ(戸田恵子)のワガママから始まる。
本来の役名は、みやこが生活者のリアリティを込めてつけた、 地味で普通の女性の名前。しかしのっこは、 「もっと華やかで、スターらしい名前にしてほしい」 と強く要求する。
ここで、作家の主体性が最初に削られる。
役名が変わったことで、現場は「じゃあ、ここも変えちゃおう」が連鎖していく。
スタッフは生放送中に脚本を次々書き換え、 みやこは自分のキャラクターが崩れていくのを見守るしかない。
ここで浮かび上がるのは、 「現場の論理」が作品のリアリティより優先される構造。

© 1997 フジテレビジョン/東宝


物語が進むにつれ、スタジオは完全なカオスになる。
クライマックスでは、脚本は原案の影もないほど改変されているのに、 放送は奇妙な一体感を持って盛り上がる。
ここで描かれるのは、 作品の純度は失われても、現場の熱量は最大化されるという逆説。
三谷幸喜は、 現場の理不尽を笑いながらも、 「それでも作品を成立させようとする人間たちの執念」を肯定している。

 

© 1997 フジテレビジョン/東宝

まとめると、『ラヂオの時間』は、 メディア現場の権力構造・プロ意識・夢の三つ巴を描いた群像劇。
役者が立て続けにわがままを言いだし、作品が崩壊してゆく。
だけど、理不尽でも「放送を成立させる」ために動く人々のプロフェッショナリズム。作家にとっては、思い描いた通りではないが、それでも“夢だった”といえる瞬間。
そして、これらを笑いとテンポで包み込む三谷幸喜の手腕が光っている。

★★★☆☆

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』――“後のゾンビ像を決定づけた存在

 

🎬基本情報

ジョージ・A・ロメロ監督による、近代ゾンビ映画の原点とされるアメリカのホラー映画。低予算ながら革新的な演出と社会的寓意で、ホラー映画史を大きく変えた作品。 

 

📝 基本データ

  • 原題:Night of the Living Dead

  • 公開:1968年10月1日(米国・ピッツバーグ)、10月4日(全米)

  • 上映時間:96分

  • 製作国:アメリカ合衆国

  • 言語:英語

  • 監督:ジョージ・A・ロメロ

  • 脚本:ジョージ・A・ロメロ、ジョン・A・ルッソ

  • 製作:ラッセル・W・ストライナー、カール・ハードマン

  • 撮影・編集:ジョージ・A・ロメロ

  • 製作会社:Image Ten

  • 配給:Continental Distributing

  • 予算:約11万4千〜12万5千ドル

  • 興行収入:約3,023万ドル(推定)

 

👥 主なキャスト

  • デュアン・ジョーンズ … ベン

  • ジュディス・オーディア … バーバラ

  • カール・ハードマン … ハリー・クーパー

  • マリリン・イーストマン … ヘレン・クーパー

  • キース・ウェイン … トム

  • ジュディス・リドリー … ジュディ

  • カイラ・ショーン … カレン・クーパー

 

🏆 評価・影響

  • ホラー映画の新時代を切り開いた作品として、批評家・研究者から高く評価。

  • アメリカ国立フィルム登録簿(National Film Registry)永久保存作品に選定(1999年)。

  • 2022年には4Kリマスター版が日本でも劇場公開され、再評価が進んでいる。

 

Night of the Living Dead (1968) | The Definitives | Deep Focus Review

🧟辛口短評

物語は、バーバラと兄ジョニーが墓参りに訪れる場面から始まる。 曇天の下、人気のない墓地に吹く風の音だけが響く。ロメロはここで、観客に「世界がすでに何かおかしい」という不穏さを感じさせる。
そこに、よろめくように歩く男が現れ、突然ジョニーに襲いかかる。 この「最初のゾンビ」は、後のホラー映画に見られる腐敗した怪物ではなく、ただの“異常な人間”に見える。 
バーバラが必死に逃げる長い逃走シーンは、観客に「安全な場所などどこにもない」という感覚を植え付ける。 彼女がたどり着くのが、後に舞台となる“あの家”だ。

家に逃げ込んだバーバラは、そこでベンと出会う。 ベンは冷静で行動力があり、状況を分析しながら家を防衛拠点に変えていく。
一方でバーバラは、兄を失ったショックからほぼ言葉を失い、現実から逃避する。 ロメロはここで「恐怖は人を非合理にする」というテーマを描いている。

家にはすでに別の家族が潜んでいた。 ハリー・クーパーと妻ヘレン、そして負傷した娘カレンだ。
ここから物語は、ゾンビよりも恐ろしい「人間同士の対立」へと軸を移す。

テレビをつけると、政府や軍が状況を説明しようとしている。 しかしその報道は断片的で、真実が見えない。
ロメロはここで、1960年代のアメリカ社会に対する批判―― メディアの混乱、政府の無力、社会不安 ――をゾンビ映画の形で表現しているように見える。

ゾンビが家を包囲する中、ハリーはベンを裏切り、銃を奪おうとする。 
その地下室では、負傷していた娘カレンがすでにゾンビ化しており、母ヘレンを殺害する。 このシーンは、ホラー史に残る衝撃的な瞬間であり、 家族という最後の砦が崩壊する象徴ともいえる。

まとめると、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、ゾンビ映画の原点であると同時に、 人間の恐怖・分断・暴力・社会不安を描いた寓話的作品だ。
ゾンビは「社会の崩壊」を象徴しているように見え、救いのない結末は「恐怖の本質は人間自身である」というメッセージと受け取れる。
ロメロは低予算のホラー映画でありながら、 社会批評としてのホラー映画という新しいジャンルを確立している。

★★★★☆